ありがとうを贈ろう。

ありがとうの本2014

絆創造業 平安閣グループ

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生活を支えてくれている人々へ
スーパー・コンビニに行けば何でも食べ物、飲み物があり、ホームセンターに行けば何でも備品が揃っているし各家庭には電力・水・ガスが供給されていて、いつでもスイッチを入れると電気製品が使用出来たり、蛇口を開けば水が使用できたり、風呂に入ったり、料理もできます。すべての事は、お金を払っているので当たり前の事だと思っておりましたが、決してそうではありません。自分が毎日快適に生活ができるのは、こうした当たり前の事をたくさんの人が支えているからこそ成り立っている事を感謝する心が必要だと思います。店や色々な設備を利用する場合は私は必ず心を込めて「ありがとうございました」の言葉をかけて感謝の気持ちを伝えています。
愛知県 62才 男性
大好きなおじいちゃんへ
最近、娘を産んだ。結婚した時から「子供はまだか?」と会う度に言っていたおじいちゃん。でも、おじいちゃんは妊娠した時にはすでに意識がもうろうとしている時間が長くなって、こちらが言っていることも伝わっているかわからなかったけれど、妊娠の報告に行った。目を開けてはくれなかったけれど、別れ際に声を振り絞って、私の名前を呼んでくれた。とても嬉しかったんだと思う。出産後に娘を連れて会いに行ったが、やはり目を開けてくれなかった。でも、娘とおじいちゃんを写真におさめることができて、本当に嬉しかった。それから2ヶ月後、おじいちゃんは亡くなってしまった。娘をおじいちゃんの近くに連れていくと、おじいちゃんに楽しそうにおしゃべりし始めた。おじいちゃんは亡くなってしまったけれど、やっと天国に導かれるおじいちゃんと会話できたんだね。大好きなおじいちゃんのおかげて、父が産まれ、私が産まれ、娘が産まれた。こんなに幸せなことはないと思う。おじいちゃん、ありがとう。これからも天国から見守ってね。
愛知県 31才 女性
おばあちゃんへ
幼い頃からおばあちゃんのお家に行くのが楽しみでした。庭に咲くお花に囲まれて、おままごとをしたり走り回ったり、お花の名前を教えてもらったりしたね。必ず帰り道では私が見えなくなるまで、ずっと手を振っていてくれたね。大人になった今も変わらず手を振ってくれることが何だか照れくさいようで、幸せな瞬間だったりもします。80才過ぎても元気で明るくて、笑顔が素敵なおばあちゃん。いつも私を温かく迎え入れてくれてありがとう。これからも体に気を付けて長生きして下さい。おばあちゃんの孫で本当に幸せです。
愛知県 31才 女性
お母さんへ
「死んでもこの子を産む」と言って私を産んでくれてありがとう。まだ小さかった私を置いていかないように癌を克服してくれてありがとう。子育てをしながら夜勤もして家事もして、つらいことがたくさんあったことと思います。そんな大変な思いをして育ててくれたお母さんの娘は来年、社会人になります。きっと大変なことやつらいことにたくさん直面すると思います。でも、お母さんのように、どんなときも弱音を吐かずに頑張っていくから応援してね。早くお母さんが安心できるような立派で素敵な女性になるからね!お母さんは私の永遠の目標です。いつもありがとう。
福岡県 21才 女性
おばあちゃんへ
いつもおいしいお料理を作ってくれて、本当にありがとう。いつも学校から帰ってきて、「今日のごはん何?」と聞くことがとても楽しみです。「今日は、カレーライスだよ。」と言われると、ぼくは、「やったー。」と言います。おばあちゃんが作るトマトカレーは大好きです。ときどき、「今日は、名なしのごんべえという料理だよ。」と言うときもあります。これはおばあちゃんのオリジナル料理ですが、これも、とてもおいしいです。いつも栄養のことを考えて作ってくれてありがとう。いつもおばあちゃんがおいしいお料理を作ってくれるのは、元気でいてくれるからだと思います。そのために、体操したり、足をきたえたりしているそうです。本当に元気でいてくれてうれしいです。ありがとう。
愛知県 11才 男子
担任の先生へ
私は4年生のとき、仲間はずれにされるなどいじめられていました。ある日、先生が放課後私を引き留め、「最近何か困ったことない?」とたずねました。それまでずっと我慢してきたので、涙がこみあげて止まらなくなりましたが、何もかも先生に話すことができました。先生は最後に、「見守っているから安心して!大丈夫だよ。」と言ってはげましてくれました。先生が気付いてはげましてくれたおかげで、私は強くなれました。そのときから、もう大丈夫、どんなことがあっても、自分を信じて胸を張っていこうと思えるようになりました。先生に会ったときは照れくさくて言えないけれど、先生、本当にありがとうございました。先生に相談できたから、とても気持ちが楽になりました。
愛知県 12才 女子
母さんへ
いつも季節の果物や野菜をありがとう。照れくさいのもあって、娘や妻にお礼の電話をさせているけど、いつも感謝しています。仕事や家庭のことや忙しいのを言い訳にしてなかなか帰ることが出来なくても、決して催促の電話やメールもせず、ただ送ってくれた荷物の中に「みんなで食べてね。家族仲良く健康で過ごしてね。」と毎回少しずつ違う文面の短いメモが入っているのを見るたびに、感謝と申し訳なさで胸がいっぱいになります。入れてくれたメモ、全部大事にとってあること、妻も知らないと思うけど、俺の大事な拠り所の一つです。これからほんの少しずつでもきっと親孝行するから、できるだけ今のまま元気で長生きしてください。次の休みには帰りたいと思っています。
東京都 38才 男性
もうすぐ結婚する息子へ
25年前、小さな体で産まれたあなたは、入院中何度もだめになりそうになり、無事育つかとても心配しました。思春期になった頃は、ケンカが多くなり、私が怒って家を飛び出したこともありましたね。嘘が下手で不器用なあなたを見ていると昔の自分を見ているようで、余計に腹が立っていたのかもしれません。それでもどれだけケンカしても、最後には必ずあなたの方から、「おかんごめんね。」と謝りに来てくれたね。困っている人がいたら放っておけない、人を疑わない、そんなあなたの優しさをちゃんと分かってくれる人と巡り合えて、本当によかったね。あなたを産んだことを誇りに思います。産まれてきてくれてありがとう。かわいいお嫁さんを大切にね。
愛知県 55才 女性
近所のおばあちゃんへ
私には小学校に通う娘がいます。毎朝、同じ町内の82才のおばあちゃんが、子供たちの安全のために、交通整理をしてくれています。毎朝毎朝、雨の日も、雪の日も、おばあちゃんは毎朝交通の多い道路を渡るとき、横断中の旗を持って立っていてくれます。もう何年も何年も、続けて下さっています。始めたきっかけは、自分の孫が小学校に入学したことからだったそうです。すっかりお孫さんも高校生になりましたが、いまだに続けて下さっています。おかげで、朝の交通の多い時間ですが、安全に道路を渡ることができています。本当にありがたいです。おばあちゃんありがとう。子供たちにとって血のつながりより濃い身近なおばあちゃんとなっています。
岡山県 39才 女性
天国にいるぱぱへ
今年でぱぱの24回忌を迎えます。1年しか一緒に過ごせなかったぱぱ。小さい頃は、ぱぱの生きた26年は、他の大人に比べるとあまりに短いけれど、私からすると遠く、長いものだと思ってました。そんなわたしも今年の誕生日で25才。もう少しでぱぱの生きた年を追い越します。そんなカウントダウンが心の中で始まってからいつも思うことは、「ぱぱ、生きてくれてありがとう。私に命をくれてありがとう。見守ってくれてありがとう。いつも愛してくれてありがとう。」ありがとうの気持ちでたくさんです。直接言える日はこの先もこないけど、どうかどうか伝わりますように。伝わっていますように。ぱぱ、ありがとう。
東京都 24才 女性
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