ありがとうを贈ろう。

ありがとうの本2016

絆創造業 平安閣グループ

  • ありがとうの本2020
  • ありがとうの本2019
  • ありがとうの本2018
  • ありがとうの本2017
  • ありがとうの本2016
  • ありがとうの本2015
  • ありがとうの本2014
  • ありがとうの本2013
  • ありがとうの本2012
  • ありがとうの本2011
  • TOP
≪ 前のページへ  12345678910  次のページへ ≫
おばあちゃんへ
おばあちゃんは毎日たくさんのありがとうを贈っていますね。畑で収穫してきた時は「お天道様ありがとう。」「土の神様ありがとう。」と言い、雨が降っても「恵みの雨をありがとう。」ご近所に野菜をお裾分けした時は、渡した人にありがとうと言われた後に「うちでは食べきれないもんで、おいしく食べてくれてありがとうね。」と言います。私もおばあちゃんにはいつも「ありがとう。」と伝えているけど、おばあちゃんが「ありがとう。」を贈っている数には到底かないません。数ではかなわないけれど、いつも元気でいてくれるおばあちゃんに、心からのありがとうをこれからも贈りますから、いつまでも長生きしてね。
愛知県 32才 女性
娘の部活動の先生へ
今までたいして家のことを手伝わなかったうちの娘。それが、去年の夏休みくらいから、言われたことを素直にしたり、自分から手伝いをするようになった。ふと気になり「最近よくお手伝いしてくれるのはありがたいけど、なんで?」と聞いてみた。「バレー部の先生から、いくら練習を頑張っても、普段から家のことを手伝えんようでは、いざという時の試合で仲間を助けることはできんって言われたから。」との答え。普段は、部活動の練習がきつい、先生が怖いと娘は文句ばかり言っていたけれど、私たち親が家庭で教えきれていないことを部活動で学ばせてもらっていたようで本当にありがたく思った。上達のためだけでなく、人として大事なことを教えていただき、先生、ありがとうございます。
愛知県 42才 女性
ご近所の方たちへ
引っ越しして来て2年、知らないご近所様たちとも、気楽に声がけも出来るようになりました。「おはようございます。」「おかえり。」など毎日のように、ごく当たり前にしていました。いつ頃からか気がつかなかったのですが、仕事が遅くなると家の前の道が暗く、足元も見えなく少し怖かったのですが、ご近所の家の玄関が電気がついて明るくなっているではありませんか。後で聞いたところ、私が夜遅くなると聞いて、ご近所の方たちが気にしてくれて電気をつけてくれているそうです。感謝の気持ちで、いっぱいです。人との絆、人を思いやる気持ちの大切さを思い知らされました。恥ずかしいばかりです。温かみのある人間になりたいです。本当にありがとう。
愛知県 52才 女性
天国のあなたへ
お母さん、ありがとう。お父さんは不器用だから、試行錯誤しながら一生懸命家事をしています。お母さんが笑ってしていた料理は、お父さんが汗を流しながら作り、お母さんが歌いながらしていた洗濯は、僕が筋肉痛になりながらしています。お母さんはこんな大変なことを仕事をしながら続けてくれていたんだね。僕が就職をして、初めてお母さんの苦労を知りました。お母さんが入院したときの笑顔は今でも忘れません。ガンが全身に転移して苦しいはずなのに、僕たちに心配かけまいと放った笑顔はすごく輝いていたよ。お母さんに、僕のスーツ姿を見せられないのが残念だけど、天国から僕を見てくれていると信じています。あなたの息子で良かったよ、ありがとう。
愛知県 22才 男性
亡き弟の親友たちへ
弟がこの世を去ったのは平成22年10月でした。それから6年…。 命日の10月と誕生日の3月に1本の電話がかかってきます。「お姉ちゃん元気?今年もまたお参りに行きたいんだけど…。」一度も欠かすことなくお参りに来てくれています。「毎年忘れないでいてくれてありがとね」私は感謝の気持ちでいっぱいです。どうしたらこんなに素晴らしい親友ができるんだろう?もし私がこの世を去った時、こんなに私のことを忘れないでいてくれる人がいるだろうか?そんなことをいつも思います。弟のことを忘れないでいてくれてありがとう。こんなに素晴らしい親友でいてくれてありがとう。私が忘れそうなことを思い出させてくれてありがとう。本当にありがとう。
愛知県 49才 女性
おばあちゃんへ
おばあちゃん、いつもいつも私の事を一番に考えてくれてありがとう。数日前に部屋の整理をしていたら幼少時の宝物が。ひとときたりとも手からはなした事がない犬のぬいぐるみ。それを見て真っ先におばあちゃんの顔が浮かんできてアルバムを引っ張り出しました。いつも左手には白い犬のぬいぐるみ。右手でおばあちゃんの服をつかんでる写真。その中でも一番記憶に残っているのが5才の時、親類の結婚式での花束贈呈の写真。おばあちゃんと一緒に花嫁にプレゼントを渡す時に司会の方から「大きくなったら何になりたいですか?」って聞かれて「おばあちゃんみたいに。」って言ったらおばあちゃんが泣いていました。どうしてそんな事を言ったのかやっと理解できる歳になったと思います。お留守番、病気、両親に叱られた時いつも優しくそばにいてくれました。今も時々会うのですが感謝の気持ちを忘れて いたようです。出てきた黒ずんだぬいぐるみを洗って乾いたら写真と一緒に持っていくからね。
愛知県 17才 女性
おばあちゃんへ
おばあちゃん、いつもありがとう。小さな弁当屋を営むおばあちゃんは、毎週必ず手作りのおかずをとどけて、食卓に笑顔をくれるね。そんなおばあちゃんに感謝してもしきれないのは、ある休日、母とひどいけんかをしてしまい、どうやって仲直りしたら良いのか分からなかった時に電話したら、すぐにかけつけて来て私の相談に乗り、気休めにと一緒にラーメンを食べに行ったね。その時におばあちゃんが「人間に一番似合う顔は笑顔だから、家に帰ったら笑顔になれるように正直にあやまれるようにしようね。」と言ってくれて、とても救われたよ。本当にありがとう。これからもよろしくね。私も精一杯がんばるよ。
愛知県 11才 女子
娘たちへ
夏休みに入ってすぐの頃、お買い物の最中に突然お母さんのお腹が痛くなり倒れてしまいびっくりさせてしまってごめんね。病院に運ばれる道中に不安で泣いてしまった妹を必死に励ましたお姉ちゃん、そして涙を拭いてぐっと我慢した妹ちゃん。病院に着くまで私の手を握ったり、汗を拭ってくれたり、2人とも本当によく頑張ってくれました。到着して先に待っていたばあばの顔を見て、2人ともわんわん大声で泣きましたね。泣きたい気持ちを堪えてお母さんを守ってくれていたのでしょうね。普段は喧嘩ばかりの姉妹だけど、いつの間にかこんなに逞しく思いやりのある子たちに成長してくれて本当に本当にありがとう。 
愛知県 37才 女性
親父へ
小学校4年生の時に母が他界し、まだ小学1年生の弟と一緒にわがままばかり言って苦労をかけました。自分が親父と同じ道を進み、同じ会社に入って小学生の子供2人を育てながら仕事をする大変さを、身を以って感じています。遠足や運動会の時のお弁当も、駅の売店で買った弁当じゃ嫌だと我がままを言って困らせた事もありました。毎日仕事を終えてから僕たち2人の為に晩ごはんを作って食べさせてくれていた苦労、自分が同じ立場になったら絶対に出来ません。生意気な事を言っても決して頭ごなしに怒らず、ひとりの人間として接して認めてくれていた事に、今思えば自分勝手な息子で恥ずかしいばかりです。いつまでも健康で長生きして下さい!本当にありがとう!
愛知県 50才 男性
大好きな人たちへ
2011年3月11日。テレビから流れてくる映像を見て私は思いました。もう実家はだめだと。1人暮らしをしていた私は約1週間後、家族の無事を知り安心する一方で、生まれ育った土地の変わり果てた姿を見てしばらくふさぎ込んでいました。そんな時、私を支えてくれたのが大学の友人たちです。友人たちは震災から約1ケ月後の私の誕生日に手作りのアルバムをくれました。就職活動で忙しい合間をぬって作成している姿を想像するだけで涙が出ました。普段ふざけてばかりいる友人からの真面目なメッセージに心を打たれました。「おばさんなってもなかよしやけんな。」みんな本当にありがとう。私からも言いたい。「おばさんなってもなかよしやけんな。」
愛知県 27才 女性
≪ 前のページへ  12345678910  次のページへ ≫

ページの先頭へ戻る